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合宿が始まった。 今日から哲が泊まりになる。 部活後、俺らは御幸の部屋へと集まった。 哲と御幸は将棋仲間だからだ。 俺は普段からよく御幸と一緒にビデオを見ていたし、マッサージさせていたりもしたから、行き慣れていた。 ただ、今日、御幸が哲の将棋相手をするのなら御幸の部屋に行く意味はないに等しい。 それでも俺は哲と一緒に向かった。 哲と御幸が対局している間は、ベッドに寝転がり、ただその様子を眺めた。 将棋が出来たら…なんてことは何度も考えた。 けれど、いま御幸という相手がいる哲が、あえて俺に乗り換える理由などない。 いまから覚え出す初心者じゃなおさら。 哲の相手にはならないだろう。 だから俺は出来ないままでいいと思った。 一局終わると哲は本を見て復習していた。 御幸が俺の横に寝転がる。 「純さん、将棋覚えないんすか」 俺の気持ちに感付いている御幸は、企むよう耳元で聞く。 「うるさい…っ。どうせ覚えても哲にはお前がいるだろう」 「あ、ヤキモチですか。 大丈夫っすよ。俺、純さんから哲さん取ろうなんて思ってませんし」 あまり大声を出すと哲に気付かれる。 だまって、御幸の顔を枕で押し潰した。 御幸はそれから逃れるようにしてベッドから降りる。 「俺、ちょっとトイレ、行ってきますっ」 「てめぇ…逃げやがってっ」 それでももちろん追いかけることはせず、御幸が部屋を出ると、視線を哲へと戻した。 相変わらず。 将棋の本片手に、考え混んでいる。 俺は、邪魔にならないようそっと哲の正面に座った。 俺が話しかけないでいると、哲も気にとめていないようで。 一度、俺と目を合わせ何気なく会釈するとまた本に視線を戻した。 いまの俺は無力だ。 一緒に考えてやることすら出来ない。 覚えたら。 少しくらいは役に立つだろうか。 対局出来なくとも一緒に悩むくらいなら。 ただ正面で、将棋台をはさんで。 なにも出来ないでいる時間はひどく長く感じた。 哲に気を使わせないよう空いている駒を眺め遊んでいるフリをした。 俺も覚えようかな、なんて。 たった一言がいつも言い出せなかった。 だって俺は将棋に興味があって覚えたいわけじゃない。 ただ、仲間はずれが嫌なだけだろう? だからって無理に覚えても、結局変わらないんだ。 興味なく無理にやり始めた俺がどう混ざれる? 「純…? どうした?」 考え混んでいる俺を見て、哲が声をかけてくれる。 何度、その優しさに甘えてしまおうと思ったことか。 哲が俺以外と仲良くしてる姿が見てて苦しいだなんて。 同じ野球部のメンバーなのだから。 言えるはずない。 「別に…」 「そうか。…借りていいか」 哲に手を出され、将棋の駒を渡す。 そうか。 これが必要だったのか。 俺はなにも解っていない。 御幸が戻り俺を見て、また企むように笑った。 「純さんもやる気になったんすか?」 「なっ…」 幸い、集中しすぎてる哲の耳には届いていないようだった。 この際、聞いておいて貰った方がラクだったのかもしれない。 どう答えれば良いのかわからず無視していると、沈黙を破るようドアが開いた。 降谷と沢村だ。 御幸が呼んだのか。 沢村が将棋を指せるらしい。 御幸の代わりに相手をすると。 なんだ。 御幸じゃなくてもいいのか。 沢村が哲の前に座ろうとするもんだから、しょうがなく俺は場所を譲る。 つい、舌打ちしてしまったのは誰かにバレただろうか。 空いている降谷にマッサージをやらせた。 「……苦しそうですね」 口数の少ないこいつに言われ、あからさまな態度に出てしまっているのかと、恥ずかしくもあったが、やっぱり苦しかった。 人に言われるとより自覚する。 哲は将棋が指せれば誰でもよかったのだろう。 逆に言うならば、特定の相手じゃないのだから、構わないのだけれど。 哲に対して俺が出来ないでいることを不特定多数のやつが出来たり、そいつらが哲との時間をすごすのは、やはり嫌だと感じた。 自分が出来たとしてもだ。 きっと俺をさしおいて他の奴を相手にする哲のことを、素直に受け入れる自信はない。 「痛っ。…てぇなコラ!」 俺が無視をしたからか、降谷は主張するように強めに体を押した。 「すいません、つい…」 「ついってなんだオラァ」 痛い。 強く押さえつけられたそこよりも痛い箇所がある。 「痛ぇんだよ、馬鹿」 俺は顔を伏せた。 哲を見ないようにした。 苦しくてたまらない。 こんなに近くにいるのに。 俺はどうしようもないくらい哲が好きなんだ。 |