『髭』




「うらやましいよ、君には髭があるからね」
初めてだ。
そんな風にロイが、俺をうらやましがるのは。
しかも髭?
「確かに、お前さんにはないがな。いきなりどうしたんだ?」
「…髭は、威厳があるように見えないか」
大統領=髭…みたいなイメージは、なかなか捨てきれずにあったりするし?
「ないものねだりだろ。あったらあったで、どうせ、剃るのが面倒だとか、言うに決まってる」
「剃るつもりはない。伸ばすからな」
ものすごく、似合わない気がするんだが…。

「知ってるか、ヒューズ」
なぜか、いったん話を切ってかしこまって。
いつもみたくでかめの態度で、椅子に座りながら俺を見上げる。
「なにが?」
「女性は、男と性行為をすることで、胸が大きくなると言われている」
…なにを真面目に語りだすかと思えば。
「そうらしいな」
「それは、女性ホルモンが刺激されるからなわけだよ」
なるほどね。
「…で…。少しばかり嫌な予感がするが、あえて、聞いてみるけど。なにが言いたいんだ?」
「つまり。男の方は、性行為によって、男性ホルモンが刺激されると思わないか?」
「一理ある」
ロイは、しめたと言わんばかりに、ニヤっと一笑いすると、椅子から立ち上がり、俺の方へと歩み寄る。
「つまり、男性ホルモンの刺激、イコール髭が生えるということだ」
俺の頬を撫でて。
そうは言われましてもね。
「…そこまで生やしたいか?」
「生えて嫌だったら、剃ればいいだろう? しかし、ないとなると、どうにも出来ないわけだ」
あいかわらず、説得力のあること言うね、まったく。
髭を毎日剃る面倒さを知らないがゆえの意見だが。

「じゃ、女と寝て、がんばってくれ」
そう言って、背を向けるが、やっぱり逃れられそうにない。
がっちりと、ロイの手が俺の腕をつかみにかかる。
「…ロイー…?」
「そこまで深く女遊びはしない主義でね」
「…嘘つけ」
「いいだろう? 相手をしてくれても」
そう言い終わると、無理やり両手で頬をつかまれ、そっと口を重ねられる。
「っ……」
力づくってわけではないが、強引なやつだ。
口を離すと、すぐさま、俺の服を脱がしにかかった。
「…やるつもりか…?」
「愚問だ」
愚問か。
確かに。
そのつもりだ…と言われなくても、そうなんだと、理解出来ているが。
シャツを肌蹴させて、俺の鎖骨あたりにも、口付けて。
「…痕は残すなよ」
「わかっている」
ロイは、耳元で、楽しそうにそう言った。



久しぶりにやると、さすがに体が痛い。
ぐったりと、椅子に座り込んでしまう。
ロイとこういうことをするのは、初めてではない。
しかし、もうだいぶ前のことだ。
結婚してからというもの、なかったわけではないが、ロイ自身も、俺も、一線引きがちで。

そうだ。
俺は結婚しているんだよ。
なーに、やってんだか…。

「髭が生えなかった場合は、また、頼む」
「は…い?」
たかが、髭を理由に、俺はやられるわけ?
「お…おい。そりゃないだろ。せめて、もっと他の理由はないのか?」
「別の理由が欲しいのか?」
少し含み笑いを見せて、俺の頬をまた、いやらしく撫でて。
だって…なぁ。
髭…だけってのはどうかと思うぞ…?
「安心しろ、ヒューズ。好意を持っていないやつとやれるほど、落ちぶれちゃいない」
「好意って…」
「好意では不満か…? 他に相手だっているさ。だが、ヒューズ…お前がいいと思ったんだ」
都合がいい…ってわけじゃないよな…?
「はぁ…」
安心しろってのは、意味わかんないけれどな。
なにをどう安心するんだ?
別に、俺は不安じゃないぞ。
そりゃ、他の誰でもよくって、都合がいいだけってのは、嫌だなとは思うけど。
そういう、俺が嫌だと感じる要素はないってことか…?


「…お前さん…。早く、嫁貰った方がいいぞ…」
俺が、ロイに言えるのは、これくらいのことだった。