| 『空間』 |
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「音村。サッカーって楽しいな」 綱海がそう笑いかけるのに対し、僕はうまく笑顔が作れていただろうか。 綱海の身体能力の高さは僕だってもちろん気づいてはいた。 綱海がチームにいてくれたらと、何度考えたことか。 それでも誘わなかった。 きっとサーフィンを取るに決まっている。 そう思ったから。 そうじゃないにしても、心からサーフィンを楽しんでいる綱海の空間を壊したくなくて。 お互いそれぞれに楽しむものがあって、それでよかった。 それなのに。 雷門との試合をきっかけに綱海は変わった。 僕が大事にしていた綱海の空間が壊されたと思った。 きっと、僕の力じゃ壊すことの出来なかった、僕の好きな空間。 サッカーを好きになってくれた綱海のこと、素直に喜べない。 僕たちのサッカーじゃ駄目だったのかな。 雷門にとって今、綱海という存在が必要なのだということは理解できている。 それに比べて大海原は、いままで綱海のいないサッカーを幾度となくしてきているし。 もちろん、いてくれたらありがたいけれど。 綱海を本当に活かせるのは、雷門なのだろう。 行かないで欲しいと思う気持ちは、チームどうこうでなく、僕個人の意思だ。 無理矢理連れて行かれるというわけでもない。 綱海がサッカーのことを本当に楽しいと思うことが出来たきっかけである雷門のサッカーが出来るのならば、きっと綱海にとってもいいだろう。 だからね。引き止められないんだ。 綱海がしたいと思うこと、して欲しいから。 けれどものすごく遠い存在になってしまうような、そんな気がした。 物理的問題じゃない。 僕のこと、忘れちゃうんじゃないかって。 忘れないで欲しいけど、綱海にとっての僕の存在はどれくらいのものだったのかな。 壊したくないから、おとなしくしていただけ。 本当は、ずっと一緒にサッカーしたかったんだ。 けれどサーフィンばっかやってる姿が好きだったから、なにも言わなかったんだよ。 辛いな。 いきなり来た人に壊されちゃうのは。 「戻ってくるんだよな? サーフィン……やりに」 「あたりまえだろ」 綱海は歯を見せて、僕の髪をわしゃわしゃと撫でてくれた。 せめて、サーフィンを続けてくれるのならば。 それでいい。 頷くと、綱海が僕の頭を胸元へと引き寄せる。 「……ごめんな、音村」 表情は伺えない。 僕の声も届かないような気がして、なにも言えなかった。 「あと、ありがとう」 そうとだけ言って、僕を解放してくれる。 「……ずるいな、綱海は」 なんで謝ったり礼言ったりすんだよ。 なんでもないフリしてたのに、全部無駄になる。 それでも、溢れる涙を綱海は見ないフリしてくれた。 「俺がサッカーのこと面白いなって思えたきっかけはあいつらかもしんねぇけど。……一番に伝えたいって思ったのは音村だから」 「……いいよ、そんな風に言ってくれなくて」 「ホントだって。音村が好きな物、俺も好きになれた」 「じゃあ、なんで謝るんだよ」 「もっと早くに気付いてたらなって」 大海原中の人たちと存分にプレイするには時間が少し足りなかった。 「いいよ、それは。綱海、戻ってくるんだろ」 「ああ。戻るよ。高校で一緒にサッカーしよう」 「……うん、いいけど、あんまりレベルの低い高校受けないでよね」 「わかったわかった」 「……ありがとうってのは? なに」 「いや、いろいろあるけど。やっぱ、なんだかんだで音村がいなかったらサッカー出来てなかったと思うし」 「そうかな」 「そうだよ。一人じゃ出来ないだろ」 僕も、綱海がサッカーする上で影響出来ていたのかな。 「あとさ。音村、サーフィンしてみねぇ?」 サーフィン? そうか。 僕だって同じ。 綱海の好きなサーフィンにいままで触れてこなかった。 なにかのきっかけで他の人から触発されて好きになることもありうるだろう。 ……きっと大したことじゃないんだ。好きになるきっかけってのは。 「ヘッドフォン、壊れたら嫌だしな」 「外してけよ。あ、でも音楽聴きながら波乗りってどんな感じなんだろうな。ちょっと貸して……」 「だから、壊れる」 少しつまらなそうに綱海がふてくされていた。 それを見てつい笑ってしまう。 「今度、綱海が戻ってくるまでに防水の買っておく」 「ホント!? 絶対だからな」 「わかったよ。綱海も、絶対に……」 「戻ってくるって」 戻ったら、一緒に。 サッカーもサーフィンも出来たらいい。 そんな空間が来るのを、きっとずっと望んでいた。 「待ってるから」 |