『意思』



「晴矢。こないだはサッカー教えてくれてありがとう。嬉しかった」
「別に。一緒にやっただけだし」
「うん。でも、父さんも喜んでた」  

 このときはまだ、違和感もなにも感じなくて。
 ただ、感謝されているんだな、なんて思っていた。
 ヒロト自身が、喜んでサッカーをしているんだって。
 そんな仲のいい俺たちを見て父さんが、喜んでくれた。  

 そんなふうに解釈していた。




「これからは、君がキャプテンだよ。チーム、プロミネンスだ」

 父さんにそう言われたとき、素直に嬉しいと感じた。
 俺がキャプテン。
 俺のチーム。

 だったらFWはヒロトだ。
 しょうがないから風介も入れてやるかな。

 報告を受け、部屋を出てすぐ。
 風介と鉢合わせた。
「風介、俺のチームが出来るんだって! メンバーはまだ聞いてないけど、風介も入れてやっても……」
「あいにく、私も自分のチームがある」
「え……」
 風介も?
 思いがけない言葉。
 だけれど、子供の人数からすれば数個チームがあってもおかしくないものだと思いなおした。
「そっか。違うチームなんだな」
「そうだな。君とは敵同士になる」  

 これも。
 ただのライバル宣言くらいにしか思っていなかった。
 
「風介のチームかぁ。手強くなりそうだな。あ、ヒロト見なかったか? ヒロトにも伝えようと思って」
「……さきほど、外へ向かうのを見た」
「そっか、サンキュー」

 風介に言われるよう外へと向かうとブランコに座るヒロトの姿。

「ヒロト! 俺、キャプテンになったんだ」
「キャプテン?」
「そう、チームプロミネンスっていうんだぜ」
「そっか。君が……」
 君って。
 風介じゃあるまいし。
 なにその言い回し。
 つい笑いそうになりながらも、ヒロトの方を見ると、いやに真剣な顔をしていた。
「ヒロト?」
 俺の見間違いだったのか、すぐに笑顔を向けてくれる。
「プロミネンスのキャプテンってことは、君も敵だね」
 笑顔のまま。
 また風介と一緒の言葉。
 敵だねって。
 ライバル宣言。
「……ヒロトも、一緒のチームになれねぇの?」
「……ヒロトって、呼ばないでくれるかな。グランって名前を与えられているんだ」
「なんだよ、それ」
「君だって、バーンだろ。ちゃんと話聴いてなかったの?」
 バーン?
 俺が?
「違う」
「バーンだよ。プロミネンスのキャプテンはバーン。それが君だ」
 なんで。
 キャプテンになりたかった。
 嬉しかった。
 けれど、それは俺じゃない。
 バーンだって。
「誰だよ、それ……」
「君だよ。……これから俺の敵になるチームのキャプテン」  

 敵。
 やっと感じた違和感。
 ヒロトの目が一瞬冷たく見えた。
「なあ。一緒のチームになれるよう父さんに聞いてみたら駄目かな」
「なにを言ってるの? せっかくお互いキャプテンになったっていうのに」
「でも……。ずっとヒロトと一緒に練習してただろ。ほら、サッカーってチームワーク大事だし」
「そんなこと、父さんは考慮してくれているうえで、俺らを離したんだ。俺と、バーンと、ガゼルと。3チーム戦って、最終的に1チーム残す」
 ガゼル……風介のことか。
 1チームしか残らねぇの……?

「なんで俺らが敵なんだよ。一緒なら絶対に強くなれる」
「対戦相手も必要なんだよ。強い敵と戦うことで、より自分を鍛えられる」
「じゃあ最終的に、一緒になれば……」
「それこそ、チームワークが乱れるだろ」

 なんで。
 疑問ばかりで、うまく頭が働かない。
「なんで……」
「父さんの考えは絶対だ。なんでなんて思わなくていい」  

 絶対。
 俺たちは、絶対的に敵。
「ヒロトと一緒にサッカーしたい」
「無理だよ。そんなことは出来ない」
「俺がっ……キャプテン辞めても?」
「そんなことはさせない。……父さんの意思だから」
 
 そんなことはさせないって。
 キャプテンになれたことを喜んだ俺への気持ちを考えてくれているわけでもなく、結局、父さんなんだ。
 父さん父さんって。

「一緒に……っ」
「俺はしたくない」
 強くそう言われ、なにかが崩れた。
 ヒロトが、俺と。
 サッカーしたくないって。

 泣きそうな気持ちになったのに、うまく理解が出来ず、涙も言葉も出てこなかった。

「……父さんの意思にそむくようなことは、したくない」
 フォローするようヒロトがそう付け加えた。  

 それを優しさのように感じて、目頭が熱くなり、涙が溢れてきた。
 お前の意思は?
 どこにあるんだよ。
 お前自身は、俺と一緒にサッカーしたいって、ちゃんと思ってくれてるのかよ。

「……お前に、サッカーなんて教えなければよかった」
 そういえば、あのときも。
 父さんも、喜んでたって。  

 お前が、嬉しいのは俺とサッカー出来たことなんかじゃない。
 父さんが喜んでくれることが、出来たことだ。

「意思のねぇお前なんて、大嫌いだっ」
 そう言い捨てて、立ち去ろうとする俺の腕をヒロトが掴む。
「……一緒のチームじゃなかったとしても、君と戦えるのを、楽しみにしている」  

 お前が楽しみなのは俺との対戦じゃない。
 父さんの意思に従えることだろう?
「お前は、嘘ばっかり……っ」
「嘘じゃない。君に教えてもらえて嬉しかったこと。戦うのが楽しみなこと。全部、本当だよ」
「ホントに、お前の意思かよ。全部?」
「……君と一緒にサッカーをしたくないなんて言ってしまったのは、嘘だ。けれど、父さんを裏切れない」
 小さな声で。
 それでもはっきりとヒロトはそう言った。
「……別に俺だって、父さんのことは大事だし。従うよ。けど、お前も大事なんだ。お前はお前自身の意思もちゃんと持てよ」
 父さんが言うのなら、一緒に出来なくても仕方がないとは思う。
 問題はそこじゃない。
 したいと思うかどうか。
 気持ちの問題だ。
 意思もなく、従うだけの人間なんておかしいだろ。

 ヒロトは、俺の腕をさらに引き、そのまま俺は抱き寄せられる。
「ありがとう」
 耳元で、ヒロトの声がした。
「晴矢がいなきゃ、とっくに俺の意思はなくなっちゃってたかもしれないね」
 晴矢って。
 あれほど言われ慣れた呼び名なのに、今はそれだけで胸が締め付けられる。
「ヒロト……っ」
「晴矢。いつか絶対、同じチームで、一緒にサッカーしよう」
 俺は声も出せず頷いた。

 これは、ヒロト自身の意思だ。
 それが伝わってくる。
「……晴矢。俺たち、強くなろうね」
「うん……。ヒロト……」  

 きっといつか。
 一緒に。