『マチビト。』



「晴矢―!」
 遠くで聞こえる、ヒロトの声。
 うるさいな。
 今は、昼寝タイムなんだっての。
 この木陰で寝るのが最近のお気に入り。
「晴矢―。あ、バーンの方がいいかな。バーン! バーン!」
「あーもう、うるさい! マジでやめろって」
 バーンとか。
 中学時代の宇宙人設定を5年も経った今、持ち出すなって話だ。
 恥ずかしすぎて、目が覚める。
「なんの用だよ。お前がわざわざ来るとか、珍しい」
「好きな人が出来たんだ。報告しようと思って」
  相変わらず脳みそお花畑だな。
 そんな報告、してくれなくていいのに。
 何年かぶりにいきなり来て、相手が俺とか言うつもりまずないだろう。
「で? 誰。俺の知ってる人?」
 じゃなきゃ、報告されてもわかんねぇしな。
「円堂くん」
「もう、ホント、どうでもいい。出来たってなんだよ、前からだろ。知ってるし。いまさらわざわざ言われても、テンションあがんねぇよ」
「今も、サッカーに夢中なんだよ、彼」
「なに、あいかわらずお前、ストーカーしてんの?」
「もうかれこれ5年経つね」
「マジ成長してねぇな」
「したよ。最近は、この超小型カメラを使うようになったから。以前より行動把握出来るようになってる」
「気持ち悪ぃ」
 俺は寝返りを打ち、ヒロトの視線から逃れた。
「すごいんだよ、このカメラ。小型なのに音声もちゃんと聞こえて」
「円堂に同情するね」
「目金くんが作ってくれたんだー」
 ああ、雷門にいた眼鏡かけたやつね。
 眼鏡かけてて名前が目金ってギャグだろ。
「今、周りでちょっとしたブームなんだよ」
「ブーム?」
 その言葉にもう一度、ヒロトの方へと体を向けた。
「どうせ目金とかいうやつが、大げさに自分の作ったもん持ち上げてるだけだろ」
「でも、吹雪くんも使ってるよ」
「……あいつもお前と同類っぽいからな。けど、一般人は使ってねぇよ」
「佐久間くんからも注文受けてるって言ってた」
「だから、そいつもお前と同類っぽいだろ。一般人の話をしてんだよ」
 目金のやつ、ストーカーを増やす気か?
 それとも、もしかしたら吹雪や佐久間に関しては他の使い方をしているとか。
 ……いや、やっぱりヒロトと同類だろ。
 
「ところで、最近、どう?」
「……なにが」
「ガゼルと」
 
 風介のこと。
 嫌いじゃないのに。
 昔から、好きなのに。  
 
 それをヒロトに感づかれ、勢いで言ってしまった。
『あんなやつ、好きじゃない』って。
 それこそ、5年も前の話だ。
 
「なにも変わってねぇよ」
 タイミング悪く、風介に聞かれて。
 あいつは、聞いてないフリをしていた。
 いや、ただ無視をしただけかもしれないけれど。
 
 それから、何事もなかったかのように時間は過ぎていったが、俺は一人居心地の悪い思いをしていた。
 勝つためならば、協力はする。
 あいつもしてくれる。
 でも、それだけだ。
 
「あのときの、君。すごく必死だったよね」
 5年前の俺ならば、いまもまた必死でヒロトに言い訳していたかもしれない。
 けれど、あのときからの居心地の悪さは、いまでもずっと片隅に残っていて。
 後悔というほどのことはないが、罪悪感みたいなものはあった。
 あいつは俺がどう思おうが気にしていないかもしれないが。
 
「風介が……怒らなかっただろ」
「そうだね」
 「たぶん……それが悔しかったんだと思う。なにも言われなくて。スルーされて。俺の言葉、どうでもいいのかよって」
「好きじゃないって言われて。はいそうですかとも言えないし、答えるのは難しかったと思うよ」
「わかってる。俺のわがままなんだろうなって。けど、それであいつの気持ちはわかったし。俺に、興味ないんだなって」
「興味があるからこそ、なにも言い返せなかったんじゃない?」
 興味があるからこそ。
 
 もしも俺が、逆の立場だったら。
 風介が、俺のこと好きじゃないって答えているときに居合わせたら。
 ……確かに、なにも言えないかもしれない。
 ただ、風介は俺のこと好きじゃないんだなって。
 それだけを理解して。
  
「だからって、いまさら訂正できるわけでもねぇし」
「いんじゃない? 5年経って、バーンは素直になったし」
「……お前はあいかわらずなんかむかつくな。変わってねぇ」
「バーンも。……素直なところ以外は、5年経っても変わってないんでしょ」
 ヒロトの笑顔ってなんか腹立つよなぁ。
「……変わってねぇよ」
「じゃあ、好き?」
「……好きに決まってんだろ」
「あの頃からだよね?」
「……なんかむかつくからもう言いたくねぇ」
「言いたくないってことは、肯定してるようなもんだけど。ガゼルに言いなよ」
 お膳立てしに来たのかよ、こいつ。
 好きなやつが出来て、浮かれてんのか。
 まあ、こいつの好きなやつってのも、前から変わってねぇけど。
「言えるか」
「ガゼルが、君に興味ないと思ってんの?」
「ん…………」
「ま、そう簡単にバーンがガゼルに言うとは思ってないけどね。俺だって、君のことはそれなりにわかってるから」
 そう言うと、立ち上がって俺を見下ろす。
「じゃ、用は済んだから、帰るね」
「用ってなんだよ。マジで好きなやつ伝えに来たとか?」
「それは冗談」
 冗談かよ。
「じゃあ……」
「先にネタばらししてあげたのになぁ」
 ヒロトは小型のカメラを俺にまた見せてくれる。
 目金が作ったとかいうあれだ。
「あとは2人で、がんばって」
 あのカメラ。
 確か、音声もちゃんと聞こえるって。
 嫌な予感しかしない。
「ヒロト……っ」
 俺が呼び止めるのもむなしく、ヒロトはさっさと姿を消してしまう。  
 
 もしかして風介が?
 いま、ブームだって言ってたし。
 ヒロトの持っていた方がカメラで、それを風介が受信していたのだとしたら。
 
 気が気じゃなく、携帯を取り出す。
 むかつくけれど、しょうがないだろ。
 もしも聞かれているのなら、その事実は知っておきたい。
 風介に電話するのなんて、いつぶりだろう。
 
『なに』
 あいかわらず少し冷たいトーンの声。
 なんで、温かく感じてしまうんだろう。
「お前……。聞いてた?」
『なにを』
 この感じ。
 聞かれてない?
「……ああ、聞いてないんならいいけど」
『だから、なにを?』
 本当は、好きだって。  
 
 ……もしかして、ヒロトに引っ掛けられた?
 こんな用も無いのに、風介に電話しちまうなんて。
 ……ホント、何年ぶりだろう。
 風介の声が懐かしい。
 
「……ずっと言いたいことがあったんだけど」
 この際だ。
 馬鹿みたいなヒロトの作戦に引っかかるのも悪くない。
 
 いまさらだし。
 どう思われるかが問題じゃない。
 ただ、あのときの言葉の訂正したい、その気持ちが膨れ上がる。
 お前はもう覚えていないかもしれないけれど。
 
「たまには、会って話せるかよ」
『君の方からそんなこと言うなんてね。私のこと、嫌いじゃなかったの?』
 少し企んでるような、そんな口調にも聞こえた。
「んなこと、一言も言ってねぇよ」
『ああ、好きじゃないんだっけ』
 覚えてるな、こいつ。
 それを、ずっと訂正したかった。
「……なあ。俺がお前のこと、好きじゃないって思ってる?」
『……君は本当に……』
 ため息をつかれてしまう。
『5年も私を待たせるなんて、どうかしてるんじゃないか』
「な……はぁ?」
『君の嘘が見抜けないほど私は馬鹿じゃない』
「な……」
『どれだけ、君の事、見てきたことか。あれ以来、妙に意識している君は見ていてホントに楽しかった』
 ……なんだよ、それ。
 勢いで言ってしまった好きじゃないって言葉。
 風介は全然信用してなかったってことか。
「馬鹿はお前だろっ。好きじゃないっつったのに。自惚れてんなよ」
『自惚れ? どうかな』
 わかってる。
 自惚れなんかじゃない。
 俺が風介を好きだったことは事実だ。
 自惚れてくれてよかったって思ってる。
「ああもうっ。……気付いてんなら、言えばいいだろ。5年もっ」
『それはこっちのセリフだ。5年も擬似的に人を好きじゃないと言って放置しておいて。いい加減、本当に自惚れだったんじゃないかと、自信を失うところだった』
 
 5年も。
 風介がなにも言ってくれなかったから。
 俺が、訂正しなかったから?
 
「……やり直したい」
『待つ時間も、それなりに楽しめたけれどね』
 なんか、こいつの手のひらで転がされているような感じだな。
『とりあえず、会って話すんだろう?』
「行くから。……あと少し、待ってろよ」
『これ以上待てって、ホント、君はわがままだね』
 っとに、何様だ、こいつ。
 ……なんで、いつもそう上から目線なんだよ。
 
 まあわかりきったことだけれど。
 惚れた方が負けなのだから仕方がないか。